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シカゴ大学のジェイコブ・ヴァイナーは、一九六四年に、不況期には赤字積極財政を、という公式はケインズの発明かも知れないが、自分もケインズの著作にほとんど接することができないまま一九三一年の夏には同じ考えを主張していたと述懐した。
「その考え方は、当時私がいた学問的環境の中では常識とされていました。
私のシカゴの同僚が一人でもそれに反対したかどうか、あるいは、その考え方をケインズや私に教えてもらわなければならなかったかどうか、私は思い出せません」。
ケインズの理論的考え方は一九三○年の『貨幣論』から三六年の『一般理論』にかけて変化した。
『説得論集」に収められた「一九三○年の大不況」では、ケインズは貨幣論の基本的モデルを下敷にして、世界の三大工業国であるアメリカ合衆国、イギリス、ドイツにおいて、一千万人の労働者が失業している状態は、天然資源と人類の創意には何ら変わりはない中で、一国の貯蓄が投資を上回ったために起こっている現象だと説いた。
その解決策としてケインズは金融政策の有効性を主張し、とくに「アメリカ連邦準備銀行とフランス銀行とイングランド銀行が断固たる統一行動をとれば、……はるかに有力な効果をあげることができるであろう」として、国際協調的金融緩和による信頼の回復が第一義的に重要だと主張した。
しかし、その前年、二九年の五月には、ケインズは総選挙における自由党のロイド・ジョージの公共支出を増やすことによって失業を減少させるという公約を支持するパンフレット(「ロイド・ジョージはそれをなしうるか」)をヒューバート・ヘンダーソンと共同執筆していた。
その中でケインズは、公共支出の創り出す雇用は直接的一雇用拡大効果のみならず、それが総需要の拡大につながり、それによって発生する間接的雇用効果も考慮に入れれば、極めて現実味の高い政策だとして高く評価した。
ケインズは、道路、造林、土地改良と排水、電化、スラム街の一掃と都市計画、運河・ドック・港の開発に公共当局は主導権をとるべきであり、農業の復興、設備・車両の近代化のための鉄道への援助、私企業への貸付なども公共事業に劣らず重要だと訴えた。
また、ニニ年に発表したラジオ講演「貯蓄と支出」でケインズは、現状においては貯蓄は美徳ではなくむしろ有害ですらあることを説き、人々に「チョッキのボタンを窮屈にきちんとかけることではなく、拡張の気分、活動の気分になること」を勧め、同時に、「国家的見地からもまた、巨大で立派な計画が立てられ、実行されることを期待する」と国民に訴えかけた。
一九三六年の『一般理論』におけるケインズの目的は、政策提言を行なうことではなく、ピグーに結実した古典派経済学に対抗して、新しい理論的枠組みを提示することであったため、そこでは不況からの回復策についてはあまり触れられていない。
それでもケインズは、利子率に比べて資本の限界効率が低すぎる不況期には、なんら経済的果実を生まない事業でも経済的幸福を増進すると述べた。
「百万長者が生前に住むための豪壮な邸宅や死後に埋葬するためのピラミッドを建築することに満足を見いだしたり、あるいは罪を悔いて寺院を建てたり、修道院や海外伝道に寄付したりするならば、そのかぎりにおいて、資本の豊富さが産出物の豊富さを阻害する時期は延期されるであろう。
「地下に穴を掘る声)と」も、それが貯蓄の中から支払われるならば、雇用を増加させるだけでなく、有用な財貨およびサービスの実質国民分配分を増加させる」(『一般理論」三七’二一八ページ)。
しかし、ケインズはアメリカでは当初冷やかにしか受け入れられなかった。
今日に及ぶシカゴ学派のケインズに対する学問的敵意は、不況期には財政支出の増加と減税を行い、好況期にはその反対の政策をとるべきだとする提案が、もっぱらケインズの手柄とされるに至ったことへの反感に根ざしているふしもある。
シカゴ学派はケインズの公共事業政策の提言を「古い帽子」に過ぎないとして、『一般理論』を評価するよりもその中に含まれている理論的欠陥をあげつらった。
一九二三年の選挙戦中フーヴァーの財政政策を批判していたルーズベルトが、就任二年目の予算を大幅に赤字予算としたことにケインズの影響を読みとろうとする論者は、三四年六月にケインズとルーズベルトが会談した事実を指摘する。
しかし、ルーズベルトはケインズを、アメリカ人を嫌い、ほとんど尊敬していない偏狭なイギリス人、究極的にはイギリスのためになることをアメリカ人にさせたがっているイギリス人と見なした。
それに、ルーズベルトにはケインズの理論は難解すぎた。
後に一九五七年、レックスフォード・タグウェルは、ニューディールの財政政策にケインズの影響を認めるのはケインジアンの「神話」だと言った。
タグウェルは「ルーズベルトは後にケインジアンと呼ばれるようになった風に行動した」というのが事実で、「ルーズベルトがケインジアン的考えに達したのはケインズの名前を聞く前で、ケインズだけでなく同じ問題を考えていた他の多数の人々によってかもし出されていた知的雰囲気に影響されてのことだった」と言う。
確かに、「不況期には赤字財政」という提言はケインズのオリジナルではなく、その名誉はケインズ一人に帰属すべきでもなかった。
しかしながら、ケインズが経済学の歴史に名をとどめたのは、適切な政策的助言を適切なタイミングで提供したからではない。
ケインズの名前が不滅となったのは、ケインズが『貨幣論』や『一般理論』によって、それらの提言を裏付ける理論的構築物を提示し、経済学の中に新しく「マクロ経済学」という研究プログラムを開始したからなのであった。
一九六三年ミルトン・フリードマンとアンナ・シュウォーヅは、マネタリスト陶卿榊洲ス(通貨供給重視論者)の記念碑的大作『合衆国通貨金融史』を発表した。
その中で彼らは、とくに一九二九、三三年の「大収縮」について一章を設けて分析し、連邦準備制度の金融政策の誤りが、大不況を激化させ、それからの回復を長引かせた原因として重要であったと指摘した。
「金融制度の崩壊は何か他の要因によって引き起こされた不可避的な結果ではなく、むしろ、事態の進行に強力な影響を及ぼした多少とも独立的な要因であった。
連邦準備制度が崩壊を避け得なかったことは、(一般的な)金融政策の不能ではなく、金融当局が遂行した特定の政策と、それより程度は軽いが、当時存在した特定の金融体制の不能を反映していた」。
フリードマンとシュウォーッは、一九二九年から三三年にかけて「金融制度は崩壊したが、明らかに、そのような崩壊には何らの必然性もなかった」とし、「金融的崩壊を避けるために必要な行動は、銀行制度の機能や、金融的要因の作用や、経済変動の働きに関してその後発展し当時の連邦制度は使うことができなかったような程度の知識を必要としたのではない。
むしろ、一九二○年代に連邦準備自身が構想し、あるいは、一八七三年にバジョットが提案した政策を実行しさえすれば、カタストロフィは避けられたのである」と述べた。
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